強い選手である前に…
【真面目に書いてしまったので画像はいつかの肉】
小さい頃からスイミングスクールでは
「記録より記憶に残る選手になろう」
と教えられ
中学では
「強い競技者であるまえに強い人間であれ」
と教えられ
高校では
「雑巾の心」
と呼ばれる自己犠牲の心を持つことと、ものごとに対する考え方の広げ方を説かれた。
(機会があれば詳しく書きます。笑)
また、
君たちは社会から見たら、ちょっと水泳が速い高校生であって、52秒で泳ごうが55秒で泳ごうが、対して変わりはない。
大切なことは人のことを思いやれるかどうかだよ。
と、何度も指導していただいた。
大学卒業してから今に至るまでは
「愛だよ、愛。足りてないんじゃない?」
と何度も言われる機会があり、多分、僕はそういう星のもとに生まれたんだろなと感じた。笑
人間は身をおく環境に大きくされるしね。
周りの人がそういう話をたくさんしてくださり、自身も納得しているのであれば、そういうふうになっていくのだろなと思う。
ただ、こう考えられるのは当たり前のことではなく、こういったことを教えてくださる人たちがいるおかげで、当たり前に思えるようになったのだと思う出来事があった。
最初はおかしいだろ。っておもうことも、文化や育ちが違えば、価値観が違うのは当たり前だしね。
なぜおかしいって思うのか考えてみたけど、根本的な部分は、自分が損をしているのが嫌なだけなのかなって。
もちろんルールやモラルやマナーを守ろうとすることは大切だけど、自分が100%守れてるかどうかと言われるとそうでないしなぁ、許された経験もたくさんあるしなぁ
と、結局は自分に不利益が被ってることに対して、仕方ないで片付けられないから、イライラしちゃうんだなと。
改めて、人は人、自分は自分っていう考えは大切だなって感じた今日この頃だった。
swim 5800m
bike 30min ave 204W
run 45min (10min tempo × 2set)